「Neymar Jr’s Five」日本代表としてブラジルへ!パラレルキャリアを体現する菊池康平の挑戦(後編)


パソナスポーツメイト担当としてアスリート支援を行いながら、自身もサッカープレーヤーとして世界でチャレンジを続けている菊池康平氏。2017年7月7日(金)、8日(土)にブラジル・サンパウロ郊外で開催されたアマチュアサッカー向けの世界大会 「ネイマール・ジュニア・ファイブ(Neymar Jr’s Five)」には53カ国の代表が集まり、彼がキャプテンを務めるチーム「KING GEAR FC」は世界ベスト16の成績を残しました。インタビュー後編では、世界大会の様子と、パラレルキャリアを体現する菊池さんの働き方について話を聞きました。

 

憧れの地にて、全員でやりきった世界大会

― そして、ブラジルでの世界大会を舞台にした6人の挑戦が始まりました 。

予選ではA組に振り分けられ、ナイジェリア、ドイツ、クウェート、リトアニア、アルバニアと対戦しました。2試合目のドイツ戦では、大事な先制点を取りながらも逆転されてしまい、悪い雰囲気になりました。国内でも先制してから逆転された経験はなかったので。一度チームが壊れそうになった瞬間です。

これではいけないと、チームを立て直すために「(負けても次がある)予選リーグの2試合目で良かったんじゃないか」と、発想を変えるよう伝えました。しっかり話し合った後の3試合目、クウェート戦は1-0で勝利。ここで勝てたのはチームにとって大きかったですね。もし、若いメンバーだけのチームであったら、途中で崩れてしまっていたかもしれません。その結果、4勝1敗(17得点5失点)、Aグループ2位で翌日の決勝トーナメントに進みました。

― 4勝1敗なんて、すごいですね! ちなみに「KING GEAR FC」は、完全勝利に持っていけるよう戦略的に試合を進めたのだとか。

まずは守備を固め、無理をしない試合運びをしていきました。先制点が一番大切だと考えたからです。例え相手が弱かったとしても、先制点を入れられてしまうと不利になりますので。自チームのゴール前に人がいてもいいので、私が守り、他の4人が攻める戦法にしました。

というのも、5人全員で攻めた結果、ロングシュートを決められて負けるケースをよく見たからです。あとは、なるべく疲れないように、2~3分で試合を終わらせることを心がけました。容赦なく、遊びもなく、すぐ片付けよう!と(笑)。

― そして、決勝トーナメントに進出!世界53ヵ国、100,000人以上の選手が参加した大会の世界一を目指す経験は、なかなかできないです。

決勝トーナメント初戦のモルジブ戦は3分ほどで快勝できました。しかし次のコソボ戦で負けてしまい、KING GEAR FCはベスト16という結果になりました。そこで負けるつもりは全くなく、優勝するつもりでいたのでとても悔しかったです。恥ずかしい話ではありますが、キャプテンでありながら感情が崩壊してしまいメンバーにうまく声をかけることもできませんでした。

― 悔しいですね…。少し時間が経った今、どんな気持ちですか?

個人としてもチームとしても、「ネイマール・ジュニア・ファイブ」でのテーマは、“やりきる”ことでした。何かやり残している人に集まってもらったのでので、このメンバーでやりきりたかった。ああすればよかったとか、もうちょっとできたのではないか、というのを無くしたかったんです。目標には届きませんでしたが、コソボはとても強く自分たちもベストを尽くせたので、“やりきる”というテーマはクリアできたのではないかと思っています。

また、現地まで多くの仲間が応援に来てくれました。応援の人数や熱量は間違いなく世界一でした。

 

スポーツを軸に置き、パラレルキャリアを進化させる

― そして帰国後、すぐお仕事に戻られたんですね。

ブラジルから35時間かけて11日(火)の夜に帰国し、翌日の朝から専門学校で講師の仕事をしていました。生徒は労わってくれましたよ(笑)。すぐに現地での新鮮な話が出来て結果的に良かったです。他にも、パソナスポーツメイトでのアスリート支援や、スポーツライターの仕事も、新たな気持ちで取り掛かかることができました。

― 元々、文章を書くのは好きだったのですか?

大学は文系で文章を書くのが好きですし、2008~2009年ボリビアでプレーしていたときは毎日ブログを書いていました。スポーツライターとしてはまだまだ勉強中ですが、周りの方々のお陰で書く機会を頂いているのでこちらもどんどんスキルアップさせていきたいです。

― 授業や講演活動もされているのだとか?

海外でプロサッカー選手になるために、16か国で“道場破りスタイル”でチャレンジした話を、学校や企業でさせてもらっています。

― 道場破りスタイルとは?

私がチャレンジをしていた2001年ごろ、海外でプレーしているサッカー選手は数人程度で、情報がありませんでした。なので、現地に行って現場で情報を得て、自分の足で探して練習に参加しました。

今でこそFacebookでチームと連絡を取るなどSNSを活用していけるかもしれませんが、当時は現地に直接行くしか方法が無かったんです。様々な場面に出くわしましたが「とりあえずやってみる」を軸に置き、失敗を積み重ねながら学んでいきました。その後、会社を1年間休んで挑んだ13か国目のボリビアでプロ契約を果たすことができましたが、試合に出ることは叶いませんでした。

― もう一度、プロ契約にチャレンジしてみたいですか?

現在は仕事を複数していますし、客観的に自分の実力はわかっています。サッカーの世界が甘くないということも知っているので、今から1年間海外に行って挑戦しようなどとは思っていませんが、海外には1試合契約などもあるので短期決戦の挑戦はどこかでしたいと考えています。その為にも常に身体は動かしておきますよ。

子どもや専門学校の生徒たちの前で話すとき、8年前のボリビアでの話をするのも良いですが、何より35歳の今もチャレンジしようと思っている話の方が説得力もあると思いますしね。

 

現役でチャレンジし続けているからこそ「できる仕事」がある

― アスリート支援、スポーツライター、講師・講演会と、菊池さんには複数のキャリアがありますが、今の自分の仕事の軸は何だと思いますか?

スポーツが軸になっています。アスリート支援に関しては、僕もアスリートでしたし、プロを引退して進路に迷っている方などを間近で見ているので、仕事の紹介などを通じてサポートさせていただくことにやりがいを感じています。

― 菊池さんからアドバイスを受けると、とても説得力がありますよ!

今回の「ネイマール・ジュニア・ファイブ」では、おこがましいですが仕事をしながら練習をするダブルキャリアを実際に出来たことで、現役のアスリートの大変さなどがわかりました。仕事にも活きる貴重な経験となりました。自分も実際にプレーできて、とてもいい機会を与えてもらいましたね。

プロフィール

パソナ・スポーツメイトアンバサダー
菊池 康平(きくち こうへい)

1982年7月27日生まれ 海外でプロサッカー選手になる夢を達成するべく、大学時代より複数の国の海外チームに飛び込みで挑戦。2008年にパソナを1年休職して渡ったボリビアでプロ契約を果たした。現在は16ヶ国でサッカーに挑戦した経験を夢先生などの活動を通して子供たちに伝えている。また、パソナスポーツメイト事業にてアスリートへの就労支援にも従事。

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