あの栄光を取り戻せ!かつて日本が圧倒的強さを誇った競技の今


「東洋の魔女」と呼ばれた女子バレーボールなど、かつては日本が世界で圧倒的な強さを誇ったスポーツ競技があります。いつしか世界の強豪に抜かれてしまいましたが、今またかつての栄光を取り戻そうとしています。そんな競技の今を追います。

東洋の魔女再び!全日本女子バレーボール

20160728_70_2

東洋の魔女は日紡貝塚の女子バレーボールチームが中心となって作られた全日本女子バレーボール代表で、日紡貝塚の監督であった大松監督の元、1964年の東京五輪に出場しました。その決勝戦では全日本女子が次々と繰り出す攻撃に、米TV局の解説者が驚いて言葉にならず、「The Oriental Witches(東洋の魔女)」と言い続けたことから、東洋の魔女というニックネームが全世界に知られるようになったのです。

その後は、日本とソ連の2強時代が続きましたが、1980年のモスクワ五輪は政治的判断で日本は不参加となり、また1984年のロサンゼルス五輪ではソ連がボイコットして日本は銅メダルを獲得。それを境に、日本は長い低迷期へと入ります。この低迷の理由については、各国がバレーボールに力を入れるようになり国際化が進み、日本が得意とした組織バレーを取り入れたこと、各国に大型選手が増えて、体格で日本は負けていたこと、そして、代表監督の長期政権などが考えられます。

しかし、2000年シドニー五輪予選敗退の後、日本のバレーを見直しコンビバレーの徹底やレシーブ、サーブの強化などを経て、2014年のワールドグランプリでは1人の選手が複数のポジションを担う新戦術ハイブリッド6で銀メダルを獲得しました。木村沙織選手など人気選手も出て、東洋の魔女復活が楽しみな全日本女子バレーです。

キング・オブ・スキー!ノルディック複合

Woman practicing cross-country skiing

かつては日本のお家芸と言われたノルディック複合男子。ノルディックスキーとスキージャンプを組み合わせて行う競技です。現役時代に「キング・オブ・スキー」と称えられた荻原健司選手を中心に、1992年のアルベールビル五輪、1994年のリレハンメル五輪と2大会連覇を達成、また世界選手権においても1993年、1995年(団体)と金メダルに輝いています。

しかし、体力的に欧米勢に劣る日本人の、ジャンプで稼いで距離で逃げ切るというお得意の戦法に不利な距離重視のルール改正が何度かあり、また若手との世代交代のタイミングなどでしばらく低迷期が続きました。しかし、2004年3月のW杯で高橋大斗が優勝、距離に強い選手も出て来て、明るい兆しが見えてきました。そして、2011年-2012年には渡部暁斗選手が4勝を挙げ、シーズン総合順位で2位を獲得。2014年のソチ五輪のノルディック複合個人では、渡部暁斗選手が銀メダルを獲得するなど、お家芸復活となりました。2018年平昌オリンピックでの活躍が楽しみです。

外国人横綱が占める国技・相撲のなぜ?外国人横綱が占める国技・相撲のなぜ?

20160728_70_4

かつては、大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花と、20回以上の優勝回数を誇る日本人大横綱が君臨していた相撲界ですが、今はモンゴル出身の横綱が3人。国技と言われる相撲なのですから、日本人横綱の誕生が待ち遠しいです。なぜ、相撲で日本人は弱くなってしまったのでしょうか?

物質的に豊かになった日本では、ハングリー精神がなくなったとよく言われます。時に体罰がニュースに出て問題になる相撲部屋での厳しい生活は、安定志向を求める今の日本の若者には難しいことも想像できます。力士になるなら、横綱で全盛期を迎えることを考えると、早めに相撲部屋に入る方が有利なのですが、高学歴化の日本で中卒で入門するという若者も減ってきました。

それに比べて、海外から力士を志してくる若者たちは、国や家が貧しくハングリー精神がありますから、日本の若者はかなわないのかもしれません。
また、今も日本の小学校ではわんぱく相撲大会などが開かれていますが出場者は少なく、中学、高校となると相撲部がある学校は少なくなってきました。昔は校庭の一角に土俵があるのが普通だったと聞きますが、今では相撲部がある学校は少なく、あっても新入部員が入らず廃部の危機という話も聞きます。このように、相撲人口が減少することで、強い力士が出にくい環境になっているとも考えられます。

もし、今、大相撲で日本人の力士が活躍し、日本人横綱が誕生すれば、彼らに憧れを抱き相撲を始める子ども達が増えてくるでしょう。そして、そういう子ども達の中から、将来国技を支える日本人力士が誕生するかもしれません。今の相撲界での日本人力士の活躍を期待しましょう。

復活!マーメイドジャパン・シンクロナイズドスイミング

20160728_70_5

かつての日本シンクロ界は、小谷実可子選手を中心としたメンバーで、オリンピックや世界選手権を闘い、常に金銀銅を競い華やかに活躍する時代がありました。その指導を行っていたのが、シンクロ界の母と呼ばれる井村雅代コーチです。厳しくも愛情溢れる指導で、日本代表を鍛えていました。

ところが、選手の世代交代、そして井村コーチがアテネ五輪後、北京五輪に向けて中国代表のコーチに就任して日本を離れたことで、日本のシンクロ界は大きな危機を迎えました。井村コーチは北京五輪の後はイギリス代表コーチに就任、井村コーチのいない日本のシンクロ界は長い低迷期を迎えました。

しかし、井村コーチが2014年2月に日本代表コーチに復帰しました。井村コーチの元で鍛えられた新生マーメイドジャパンは、2015年の世界選手権カザン大会で銅メダルを獲得。リオデジャネイロ五輪での完全復活が楽しみになってきました。

お家芸の復活に向けて一直線!日本柔道

20160728_70_6

日本が生んだ武道である柔道。古くは「柔道一直線」という人気テレビ番組もあり、中学や高校の体育の授業で柔道が必修だった男性も多いと思います。かつて柔道は日本の武道であるという誇りと共に、オリンピックや世界選手権では金メダルを量産する得意種目だったのですが、ロンドン五輪では五輪史上初めて男子は金メダルゼロ、女子も金メダル1個に終わるという最悪の結果となってしまいました。なぜ、日本の柔道は弱くなってしまったのでしょうか。

今の大きな大会で柔道の試合を見ると、真っ白な柔道着で向かい合うのではなく、片方は青の柔道着。日本の柔道のイメージとはかなり違います。これは1997年の国際柔道連盟(IJF)総会で日本などの反対を抑えて、カラー柔道着導入が可決されたためなのです。また、わかりにくいポイント判定ではなく、一本勝ちに重きを置くために、2014年にはルール改正も行われました。

これらの経緯からも、柔道の考え方が日本国内と海外では違いがあることが感じられます。日本では柔道がスポーツ、格闘技であると同時に精神修行を目指す日本古来の武道、伝統的芸道であるという考え方であるのに対し、海外ではスポーツ競技の面が強く受け入れられている気がしませんか?本来の柔道と、オリンピックや国際大会でのスポーツとしての柔道との間にあるギャップを超えることが、日本が再び強くなる道なのかもしれません。

まとめ

かつて日本が強かった競技と、その現在をご紹介しました。海外で勝つためには、国内の競技人口が増え選手層が厚くなる必要があります。華やかな日本代表だけでなく、代表入りを夢見て頑張る選手たちも精一杯応援したいですね。