港町に多い?! 日本にある「スポーツ発祥の地」をまとめました


テニス、ゴルフ、野球など、多くの人に親しまれているメジャースポーツの多くが、海外にルーツを持っています。では、どうやってそのスポーツが日本に伝わったのか。その史実を紐解いてみると、日本のスポーツ発祥の地には「ある共通点」がありました。

港町は発祥の地だらけ!

その共通点とは、スポーツ発祥の地の多くが港町であるということ。そして多くのスポーツが、明治初期に伝わっています。江戸後期、安政の開国によって外国文化の入り口となった開港都市には、海外の文化や品物がどんどん入り込んできました。外国文化と接点のある港町に「スポーツ発祥の地」が多い理由は、そんなところにあるようです。

 

横浜が発祥の地とされているスポーツ

テニス

日本で初めてテニスがプレーされたのは1876(明治9)年、横浜の山手公園といわれています。当時、山手公園は日本人が立ち入ることのできない外国人専用の公園。テニスは当時まだ珍しい存在であった「女性も楽しめるスポーツ」ということから、居留地に住む婦人たちに評判だったそうです。彼女たちは、バスケットに紅茶とお菓子を詰めて馬車でテニスコートに出向き、ロングドレスに手袋という優雅な恰好でテニスに興じたのだとか。
※日本最初の「テニスコート」は長崎だという説もあります。

ラグビー

横浜は、ラグビーの発祥地としても有名です。現在の横浜市中区山手にあった英国駐留軍キャンプで、1864(文久4)年頃にラグビー好きな兵士達が集まってプレーしたのが最初だと言われています。また、日本のラグビーと深い関りを持つのが慶應義塾。横浜生まれの英国人E・B・クラーク氏は、ケンブリッジ大学留学後に慶應義塾大学で教壇に立ちながら、学生たちにラグビーを教えました。

 

神戸が発祥の地とされているスポーツ

ゴルフ

日本初のゴルフコースが誕生したのは1901(明治34)年。神戸・六甲の自然を愛した英国人の貿易商アーサー・ヘスケル・グルームの手によって、4ホールのゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」が作られました。さらに驚くべきは、グルーム自ら草を刈り、岩を掘り起こしてゴルフ場を作り上げたということ。最初は非常に素朴な造りで、オープン当初のパッティンググリーンは砂だったそうです。神戸ゴルフ倶楽部は「日本ゴルフの聖地」として、今もなお多くの人々が訪れています。

マラソン

1909(明治42)年、神戸の湊川から大阪の西成大橋までの31.7キロを走る「マラソン大競争」という大会が行われました。「マラソン」という名前が日本で使われたのはこれが初めてだと言われており、出場選手20名の枠に対し、408名もの参加申し込みがあったそうです。1着になった選手は、途中でわらじの緒が切れるアクシデントに見舞われるも、その後裸足で走り続け、2着を5分近く引き離す2時間10分54秒のタイムでゴールしたという記録が残っています。神戸マラソンのスタート地点である神戸市役所前には、「マラソン発祥の地」の記念碑が建てられています。

 

長崎が発祥の地とされているスポーツ

ボウリング

1861(文久元)年6月、英字新聞「ナガサキ・シッピングリスト・アンド・アドバタイザー」にも広告が掲載された、日本初のボウリング場である「インターナショナル・ボウリング・サロン」が長崎にオープンしました。このことが、長崎がボウリング発祥の地と呼ばれる理由です。その後、1864年に横浜、1869年に神戸にもボウリング場が次々とオープンしました。いずれも港町であることが興味深いですね。

バドミントン

日本で最初にバドミントンがプレーされたのは、長崎の出島でした。出島のオランダ商館に住む人々の風習などを紹介した「長崎阿蘭陀屋敷絵図」や「紅毛雑話」などには、ラケットやシャトル(羽根)を使って屋外で遊ぶ「西洋羽根つき(バドミントン)」の絵図が残されています。

 

港町以外にも発祥の地があるんです!

野球:東京都千代田区

1872(明治6)年、東京大学の前身であった第一大学区第一番中学で、アメリカ人教師ホーレス・ウィルソン氏は教鞭をとりながら生徒たちに野球を教えていました。翌1873年、東京大学の新校舎とともに立派な運動場が整備されると、さらにチームは本格的な試合ができるまでに成長を遂げました。このことが「日本の野球の始まり」と呼ばれています。

バスケットボール:京都

日本にバスケットボールが伝わったのは、1913(大正2)年。アメリカのYMCAから派遣されたF・H・ブラウン氏が、京阪神のYMCAでバスケットボールの指導を行ったのが始まりだとされています。その後、1915(大正4)年には、旧制京都一中(現・洛北高校)教諭の佐藤金一氏が京都YMCAで、日本初のバスケットチームを作っています。

卓球:岡山

赤とんぼなどの童謡で知られる作曲家、山田耕作。彼の義兄(姉の夫)は、宣教師として来日したイギリス生まれのエドワード・ガントレットという人物でした。山田耕作の回想録によると、彼は少年時代に義兄から卓球の指導を受けたことが記されています。日本に卓球が伝わったいきさつには諸説あるものの、山田耕作のエピソードがその中で最も古い1899(明治23)年のものであったことから、卓球発祥の地が岡山であると言われるようになりました。

まとめ

発祥の地にまつわるエピソードを見ていくと、日本の発展と共に多くのスポーツが広まっていったことがわかりますね。ひょっとすると、あなたの街にも○○発祥の地があるかもしれません。ぜひ探してみてくださいね。